2006.01.13

出産:病院生活あれこれ・おっぱい!おっぱい!おっぱい!

切迫早産で1ヶ月と1週間入院。
破水して3日間陣痛室に入院。
出産後7日間入院。

入院生活、切迫早産と陣痛室に入院しているときの看護婦さん
の対応はとても優しかったです・・・・。
でも、出産後の対応は・・・・厳しかったです~!!!

産んですぐ赤ちゃんと一緒にお部屋へ
(1日位預かってくれないの~?!)
即効母乳母乳の入院生活が始まります。
私は早産気味だったのでおっぱいケアが出来ず、
お手入れを始めたのがとても遅く、産んでもすぐには
おっぱいは出ませんでした。
でも出来れば母乳で育てたかったので、
頑張ってマッサージ&こまめに赤ちゃんに吸わせてました。
うちの赤ちゃんは2270グラムと小さかったため、
おっぱいを吸う力も弱く
なかなか飲めない=おっぱいもつくられない
という状態になってしまいました。

おまけに赤ちゃんは産まれてから一度生理的現象で
体重が落ちます。
うちの子もマックス2078グラムまで落ちてしまいました。
勿論医学的管理はされているのですが、
母としてはわが身を削られる辛さです。

小さいから沢山飲ませて早く大きくしてあげたかったのに、
おっぱいは全然出なく赤ちゃん自身体力もないので、
お腹が空いても泣けない状態になってしまいました。
産後の入院生活は泣いてばかりでした。
母乳推進の病院だったため、なかなか粉ミルクはもらえず、
最初は母乳に糖水を足す程度。半べそかきながら訴えて
やっと粉ミルクを少しもらえました。
おっぱいも、赤ちゃんが強く吸えないため、刺激がないので、
自分で搾乳して搾り出していました。

夜は赤ちゃんが泣くと授乳室があるので、そこにみんなが
集まります。
助産婦さんが何人かいるのですが、厳しいのなんのって・・・。
(今思うとそれで良かったなぁって思うのですが。)
授乳の仕方から始まって、オムツの替え方等かなり厳しく
指導されます。
私も授乳しながらウトウトしていたら
「気をつけてぇ!赤ちゃん落ちちゃう!!」
そして、ちょっと泣かせてしまったら
「だぁれ?こんなに泣かせてるのわぁ!!」
おっぱいが出ない=体重が増えない事を言うと
「あなたの赤ちゃんはちびちゃんだからぁ・・・」と
グサッとくる事を言われたり・・・。
よくよく観察すると、泣いている人が結構いたりして・・・。

でも退院するころにはおっぱいも良い状態に。
(ここのおっぱい管理は桶谷式で、
全国に相談室があります。)
退院してからも、母乳相談で何回か通院しました。
はじめは粉ミルクが多かったのですが、今は母乳が主体
で、粉ミルクは一日1回で済んでいます。
ただ、自分が風邪ひいたり、ちょっと預けたりする時に粉ミルクを
飲めないと大変なので、粉ミルクを全くやめてしまう気は
ありません。

今思うと、あれだけ厳しいのは、その後の生活が楽に
すごせるようにとの事だったと思います。
粉ミルクもいいのですが、やっぱり母乳の
方が楽ちんです。
そして「お母さんはあなたよ、あなたがやらないと
この赤ちゃんは生きていけないのよ」と、
母としての自覚を教えて
くれたような気がします。

とにかく入院中・退院後の実家での生活は、
おっぱいまみれでした。

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入院:病院生活あれこれ

切迫早産で1ヶ月と1週間の入院生活は暇で暇で
仕方ありませんでした。
(今考えるとあの暇な生活が懐かしいですが・・・)
上げ膳据え膳、しかも動いちゃ駄目なので生活スペースは
ベッドの上が主で、あとはトイレとシャワー。
ベッドは電動ベッドなので、起き上がるのも寝るのも自動。。。
冷蔵庫とテレビも常備されているので
ほんとにぐうたら生活でした。

部屋は4人部屋ではじめは新入りでしたが
入院生活も長いとだんだん主化して行きました・・・
食事があまり美味しくなく(妊婦食なので・・・)
皆で文句ブーブー言いながら、いけないと思いつつ
お菓子をボリボリボリ・・・・
仲良くなったお友達は5人で、毎日おしゃべり&編み物に
明け暮れていました。
病院にいると色々な情報が耳に入り
出産前の私達には良し悪しでしたが、
その方達の症状を含め病院で
おこったことを載せてみたいと思います。

お友達

Yさん:24歳 2人目出産 
       19週で破水して地元の病院から救急車で搬送される。
       はじめは集中治療室に入院。その後一般病棟に。
       全破水ではなく、子宮の上の方からの破水。
       赤ちゃんの肺の育ちが悪く心配していた。
       ウテメリン点滴。ウテメリン終了後34週にて女児出産
       (出てきちゃった)
       赤ちゃんのみNICUへ。赤ちゃんの肺は問題なし。
       その後すぐ退院。  

Kさん:35歳 2人目出産予定
        6ヶ月で破水。安静入院。
        赤ちゃんは男の子と判明。体重も大きいみたい。
        編み物が上手でみんな教わる。

Tさん:36歳 初産。 40週。
        出産予定日を過ぎても産まれない。
        41週目までは良いが、42週になると胎盤が古く
        なってしまうのでそれまでに赤ちゃんを出さないと
        いけない。  
        彼女は階段の登り降りやお風呂、散歩などをするが
        全く産まれる気配がなく(張りが全くない)
        41週ぎりぎりで促進剤使用。
        
   1日目、促進剤使うも産まれず・・・
   2日目、促進剤を少し強くする。夜かなり辛そう。
        血圧180まで上昇するが産まれる気配なし。
   3日目、陣痛室にてさらに促進剤・・・その後意識が無くなり
        全身麻酔で帝王切開。
        女児出産。赤ちゃんNICU、本人もICUへ。
       一時はどうなるかと思ったが元気に退院。

(彼女の出産を目の当たりにした私はこれを期に
促進剤への恐怖&出産への恐怖が一気につのる)
      

Hさん:29歳 初産、4ヶ月。 
        出血の為安静入院。
        妊婦の自覚がなくて面白かった。
        1週間で退院。
  
Mさん:29歳 初産 4ヶ月。出血の為安静入院。 
         11週の時、妊娠を継続しながら子宮筋腫の
         摘出手術を受ける。
         1週間で退院。

<知識?ウワサ?いろいろ>    

・・・NICU・・・

入院して初めて知ったことは、
この病院のNICUのレベルの高さです。
総合病院&NICUがあると言うことで
安心のためにこの病院を選んだのですが
NICUにもそれぞれ得意分野があって、ここは全ての
症状の赤ちゃんの受け入れ体制が万全な病院でした。

まさか切迫早産で入院するとは思いもよらなかったので、
NICUの存在はとても心強かったです。
毎回赤ちゃんの体重が気になりエコーの度にドキドキでしたが、
1500グラムを超えた時点で先生に「今産まれちゃったらどうしよう」
と質問すると「この病院なら大丈夫ですよ。産まれたら産まれたで
問題ありません」と言われ、びっくりしたのを覚えています。

また私は、赤ちゃんの体重が大きければ健康と思っていた
のですが、実はそうではなくて、
週数が重要であることも知りました。
週数が行けば行くほど、体の器官が成熟し、産まれてからも
きちんとおっぱいが吸えるとか肺が機能するとか赤ちゃんが
外の世界でもちゃんと生きていけるような準備が整うそうです。
37週以降の出産を正期産といい、この病院では37週以降で
2100グラム以上あれば保育器に入らず母子同室になる
そうです。

NICUと言えば、ナースステーションに小さく産まれた
赤ちゃんの成長アルバムが置いてありました。
閲覧自由だったので良く見ていました。
400グラム台から2000グラム台の体重(勿論週数も早い)
で生れ落ちた赤ちゃんの成長と共に、ご両親の思いが
綴られているそのアルバムは感動的でした。
もしかしたら明日にでも赤ちゃんが生まれちゃう
かも知れないと思っていた私はずいぶん勇気付けられた
ものです。

でもお友達のYさんの赤ちゃんを見に初めてNICUを
見学に行ったときにはかなりショックを受けました。
Yさんの赤ちゃんは退院間近の大きい赤ちゃん
ばかりのクラスでしたが、ちょっと横を見るとあんよが
大人の小指位の大きさの小さい赤ちゃんがいました。
ビックリしたと同時に、小さくても一生懸命動いて生きよ
としているその姿に感動し、勇気をもらいました。
どうかここにいる全ての赤ちゃんが無事に大きく育ちます
ようにと祈らずにはいられませんでした。

それからこの病院には毎日のように小さな赤ちゃんが
搬送されてきているということも知りました。
みんな元気に育って欲しいです。

・・・高齢出産?・・・

この病院での初産の年齢基準は40歳からということで、
32歳の私はまだまだ全然若い方でした。
(お友達のYさんは24歳ということで、とても重宝
がられていました。)
入院中も41歳の方や57歳の方が双子を出産され、
赤ちゃんを連れている姿を目の当たりにしほんとにビックリ。
確かに入院中も、若くてピチピチした雰囲気ではなく、
どことなく落ち着いた雰囲気だったような気がします・・・

不妊の時期、もう30だよ・・・とか、35過ぎて産んだら
大変かなと思い変に焦って追い詰められていた私の
価値観はがらりと変わることになりました。

でも定年退職されたらしきご主人が毎日病院に来るの
にはいらぬ心配をしてしまいます・・・


 

    
                

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産まれました!

shasin

11月18日のお昼前に日赤医療センターにて
女の子が産まれました!
在胎期間38週+1日で、体重2270グラムとちびっ子でしたが
保育器に入ることなく無事にこの手に抱くことができました。

出産は本当に痛かったです。
切迫早産の為、ウテメリンという張り止めを1ヶ月以上していたため
実際陣痛が来てもなかなか張りがこなく
(赤ちゃんを押し出す力が足りない)
ただ痛いだけでつらかったです。

11月15日にちょろっと破水して入院。
ちょっとずつお腹が痛くなったものの
本格的に痛いと感じたのは11月16日の夜からで
痛みは6分間隔位でした。
かといってなかなか産まれる気配もなくただ痛い一夜でした。
助産婦さんがつきっきりでマッサージしてくれていたのが
心強かったです。

本当に辛かったのは11月17日からでした。

何しても痛くて本気で泣いてしまいました。
腰が砕ける感じとでも言うのでしょうか・・・
けれど昼間の診察では子宮口6~7センチしか開いていません。
私自身はこんなに痛いのだから17日中に産まれると
思っていましたが、全然産まれませんでした。
相変わらず助産婦さんにアロママッサージしてもらったり、
呼吸法を教わったりしたけれど痛いのなんのって、
いっその事ひと思いに殺して欲しいという感じです。
痛い中、本当に産めるのか不安で不安で仕方なくなり
泣きはらす一夜に・・・

18日、旦那さんが駆けつけてくれました。
(私達は立会い出産でした)
私はというと・・・朝から主治医の先生に泣きながら
「帝王切開にしてください」と懇願。
この時点でやっと子宮口全開。
「あなたは普通に産めますよ~」と一蹴されるも
破水してから72時間以内に赤ちゃんを
取り出さないと赤ちゃんの命にかかわるので
朝から促進剤を打つ事になりました。

「お昼前までには絶対出してあげる」
と主治医の先生の心強い言葉。

あれほど嫌がっていた促進剤ですが、この時ばかりは
早く出して欲しい一心でそんな事思い出しもしません
でしたが・・・

9時30分から促進剤開始、、、、
ちょっとしてありえない痛みが襲います。
声を出さずにはいられない!もう命がけです。
テキパキと助産士さんが内診し、「パーン!」と
思いっきり破水させてくれました。

ここからは動物です。

何がなんだか、声は出るし、いきみたいし、痛いし、
気が狂いそうでした。
そしてそこから分娩台まで歩いて行かされ
(ありえない~(泣)!!と思いましたが、お産が進むそうです)
やっとの思いで台に上がり、あとはいきむのみ。

旦那さんも必死に呼吸法を教えてくれてました。
いきむのってものすごいパワーが必要です。

鏡で赤ちゃんの頭が出るところを見せてもらってからは
赤ちゃんの心拍を確認しながらいきむことができました。
早く出してあげなきゃ!
その思いのみで何度かいきみ11時49分
無事に出産に至りました。

「ホゲェェ~」とか細い泣き声が聞こえ、私の胸に。
なんとも不思議な感じでしたが赤ちゃんはあたたかくて
ほんわかしていました。

「がんばったね~!」「よく来てくれたね!」「りなちゃん!」

おっぱいをちょっと飲んでひとしきり抱っこした後
小さかったので異常がないか検査に。

痛くて痛くて、赤ちゃんの事はいきむまで忘れていましたが、
顔を見て、抱っこしてしばらくしてその実感が沸いてきました。


shineshine やっと会えたshineshine

ずーっと会いたくて会いたくて仕方なかった赤ちゃん
あなたはこんなかわいい顔してたのね。
やっとあなたを抱っこするこことができたよ。
ほーんとに会いたかったよ。
パパとママのところに来てくれてありがとうclover

新米パパも赤ちゃんを抱っこして感無量。
私たち夫婦がパパとママになった
生涯忘れられない感動の記念すべき1日でした。

 

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